「いつくしみの時」とは?

イエスは午後3時に十字架の上で亡くなられました。聖ファウスティナ・コヴァルスカ(1905–1938)が受けた啓示の中で、イエスはこの時刻を全世界のために主のあわれみを願う時としてささげるよう求められました。

イエスよ、あなたに信頼します — Eugeniusz Kazimirowski, 1934
Eugeniusz Kazimirowski · Vilnius, 1934

聖ファウスティナの日記より

午後3時には、特に罪びとのためにわたしのあわれみを願い求めなさい。たとえわずかな間でも、わたしの受難に深く浸りなさい[…]これは全世界にとって大いなるあわれみの時である。

日記 1320

時計が3時を打つのを聞くたびに、わたしのあわれみの中に完全に浸り、それを礼拝し、たたえなさい[…]この時刻に、わたしの受難によって願う魂を、わたしは何一つ拒まない。

日記 1572

午後3時にすること

「神のいつくしみへの祈り」は多くの人がこの時刻に唱える関連の信心ですが、「いつくしみの時」の中心は、立ち止まって受難を黙想し、あわれみを願うことです。

なぜ共に祈るのでしょうか

聖書は、少数の人の祈りが町全体に届き得ること、そして一致には力があることを示しています。

創世記 18:32
神は、正しい者が十人いれば町全体を滅ぼさないとアブラハムに約束されます。
マタイによる福音書 18:19–20
二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいる。
ヤコブの手紙 5:16
正しい人の熱心な祈りは、大きな力があります。
コヘレトの言葉 4:12
三つよりの糸は切れにくい。
ガラテヤの信徒への手紙 6:2
互いに重荷を担いなさい。
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